大阪府支部の歴史

私自身も知らないことの多いこの組織について、先輩方の足跡をたどり未来のことを考えています。(神垣)

20年誌(2000年発行)より

原点忘れず21世紀につなぐ


1.はじまり

「呆け老人をかかえる家族の会発会式が1月20日、京都市左京区岡崎の芝蘭会館で行われる。痴呆の老人をかかえた家族の精神的・身体的な疲労や苦痛は、言葉ではあらわせないものがあるが、老人福祉が叫ばれながらも、こうした家族への援助の手はきわめて乏しい。相談機関もほとんどなく、老人ホーム入所も断られているのが現状だ。

 そこで同じように世話を続けている家族が集まって経験を交流し、知患を伝えあい、さらにどのように世話をし、どのように医療にかかったらよいのか。また老人や家族にどのような援助や施設が必要なのかを、ともに考えていく。このため家族だけでなく医療・福祉関係者などの幅広い理解と協力態勢を進めていこうと、京都市堀川病院の三宅貴夫医師らが呼びかけている」=1980年1月16日付朝日新聞家庭面、一部略。

 「最初は京都市内の家族の会のつもり」でおられたのを、堀川病院の斉藤貞夫氏に「この機に全国規模にしてはどうか」と相談したあと全国に報道した(筆者は当時朝日新聞老後問題専門担当記者)。これが大阪府はもちろん、全国組織のはじまりである。当日全国から集まった約90人の方たちの熱気はすさまじいものであった。知る人も少なくなったが、つい先日だったような気もする。


2.家族の会つどい

 2000年6月で193回を数える。つどいは家族の会の原点であり、介護者同士の語りあいの中で、介護者は自らの現在位置を確められる方が多いようだ。記念大会を86年、94年、98年に開催し、瀬戸内寂聴、大塚俊男、本田桂子各氏に記念講演をして頂いた。98年大会は「痴呆老人の財産権と人権をまもる」をテーマにし、今後の方向づけを示した。


3.相談

 84年に「ほけ110番」(0727-94-2300、黒田、365日常時)を開設、ターミナルケア相談も加えた。時代とともに相談内容の変化は著しいものがある。

 別に朝日新聞大阪厚生文化事業団にお願いして86年7月、「アサヒ老人家族相談室」を開設して頂き、週1回で、93年7月まで継続された。大國美智子、小林敏子、乾正、山田一郎各先生に大変なお力添えを頂いた。


4.出版

応急手当の実技研修(1997年10月、吹田

「ほけたお年寄りと家族を支えるための社会資源一覧と活用の手引き」を89年に発行し、以後92年、95年、98年と刊行、関係先に贈呈。痴呆にかかわる社会資源を網羅し、前2冊は当時エリアだった兵庫、奈良も加え、以降は大阪府のみにした。

 ◇『ぽけ:家族によるホンネの介護ブック』を、広島・香川のご協力を得て87年にミネルヴァ書房から発刊した。3刷を重ねた。介護者の立場に立っての知恵と工夫を集めたもの。


5.行政とのかかわりその他

 82年に大阪府痴呆症老人対策研究会委員として、大阪府で初めての痴呆老人実態調査などにかかわり、府発行のテキストブックにも執筆した。以後も継続的に大阪府のご協力を頂いている。

 在宅介護の実態や介護の工夫について、依頼があれば世話人が各地のつどい、シンポジウムに参加して提言。毎年の世話人研修や在宅訪問護、調査研究の発表などを継続している。


6.今後

 99年に常任幹事2名を設け、積極的な活動態勢を整えた。21世紀に家族の会はどのような役割を果すのか。介護保険、成年後見をはじめ痴呆専門職の養成その他難問山積ではあるが、地域に根ざし、新時代に対応する家族の会の新しいあり方をさぐりたい。

 長い歳月、心こめて会の運営にあたられた数多くの世話人の方たち(お名前をすべて収録していませんが)に、心からお礼を申し上げます。とくに前期10年を中心に尽された故時枝靖子さんに哀悼の意を表したい。また最初から理解をもって後援して頂いている朝日新聞大阪厚生文化事業団、大同生命厚生事業団に、そして顧問として助言を頂いている小林敏子、西村健、矢内純吉、乾正各先生に心から感謝し、厚くお礼を申し上げたい。

(黒田輝政記)

30年誌(2010年発行)より

認知症の人と家族に寄り添って

この5年間

 近年、制度・医療・介護・啓発人権擁護などの認知症対策は大きく前進しました。国、地方自治体、民間団体、個人などの認知症の人と家族への支援は量質ともに高まってきています。しかし、認知症の人と家族にとって、安心して暮らせる社会には未だ遠いものがあります。

 認知症の人と家族にとって、人としての尊厳が守られ、必要なサービスが利用でき、安心して暮らしていけるよう、認知症の理解を社会に訴え続けた日々でした。

 認知症介護の支援とは何か。認知症介護の支援は多様で多分野にわたること、また「家族の会」の役割をあらためて問い直した5年間でした。

●黒田輝政前代表が急逝

 1980年の大阪府支部立ち上げから尽力された黒田輝政前代表が2008年3月6日に膵臓がんのため急逝されました。黒田前代表は、まだ介護保険もなく、相談窓口さえない時代に大阪府支部を立ち上げ、社会的支援の輪を広げていくための様々な活動を継続されてきました。また、365日24時間の電話相談を死の直前まで受けて介護者の悩みに耳を傾け、こころを受け止め、適切なアドバイスを続けてこられました。大阪府支部の礎を築いてくださいました。

 2008年4月に新体制が生まれました。新体制もまた、黒田前代表の遺志を継ぎ、「家族の会」の果たすべき役割の大きさに、気持ちを新たに取り組んでいます。


「家族の会」つどい

 「家族の会」の原点である「つどい」は2010年2月に第256回を迎えました。年6回、偶数月第1金曜日に開催。うち1回は特に若年を中心にしています。「つどい」は現在発症した人をかかえて悩み、苦しむ介護者を囲んで、体験者や専門職たちが膝つき合わせて話し合う、ふれあい、支えあいの場です。近年の傾向として大阪府支部も男性介護者の参加が多くなってきました。若年のご本人も参加されるようになりました。

 「つどい」は介護家族がこころを開いて、安心して悩みを打ち明けられるよう、知恵と工夫を交わし合う中で、特に気持ち、こころの面を支えて、介護者の燃え尽きを防止する役割です。様々な悩みをかかえて参加される方がどれだけ満足して帰っていただくか、時代の流れや社会的施策・仕組みの変化、家族の意識変化を把握しての多面的な対応が世話人に求められます。支部顧問の小林敏子先生、山本秀樹先生には特にお力添えをいただいています。

 毎年1回は施設を見学しています。特養白寿苑(大阪市)特養寿光園(八尾市)老健アルカディア・七山病院(泉南郡熊取町)、巽病院老健施設(池田市)弘済院第一特養(吹田市)を訪問しました。



地域にとけこむ

 認知症への関心が高まり、地域でのサポーター養成講座、講演会、フォーラム、シンポジウム、現任研修、大学への講師依頼が多くなってきました。少人数の集まりにも積極的に出席し、膝つき合わせて相談を受けてきました。

 世話人は府高齢者介護予防・地域リハ推進委員、地域福祉権利擁護事業運営適正化委員、区の高齢者支援ネットワーク委員、地域密着型サービス評価委員、地域包括支援センター運営協議会委員などを務め、家族の立場に立って発言してきました。


電話相談

 事務所で月・水・金の10時~14時まで受けています。前代表は自宅で25年以上、365日常時受けていましたが、2008年4月から新体制となり、日時を限定して事務所で世話人が受けています。相談の内容としては様々ですが、具体的な問題点の解決方法を求められることが多くなりました。また、初期あるいは軽度の方の家族から、また本人からも医療機関の紹介をしてほしいという電話が増えています。自分の物忘れに不安を持つ方の電話相談もあります。

 したがって電話相談を受ける者は認知症そのものはもちろんのこと、介護、介護保険制度、権利擁護、地域の病院や施設、サービスなどの社会資源、最近の変化をよく知って対応することが求められます。


今後の取り組み地域で支えていくために

 地域で支えるというのは、在宅のみでという考えではなく、住み慣れた家または地域で社会資源、各種施設を利用しながら、その人らしく生きる場をさぐり、創り出すことです。認知症の人の人権、自由、尊厳が生きていくうえで保障される社会でなければいけないし、「ぼけても心は生きている」というこころの叫びを、地域の介護システムの中でどのように生かしていくのかが課題です。介護家族は、要介護者に最も近く、つらい状況にあります。自らも助けが必要なのに、病人の代弁人であり、社会資源との結び目でもあるのが介護家族です。その介護者への理解と支援をさらに広げていきたい。「家族の会」は、時代の流れ、変化を受け止めながら、地域ケアの役割分担のひとつ地域力として総合的な力量をもった、役に立つ存在でありたいし、さらにレベルアップしてこれからも本人と家族の立場に立って活動を続けていきたいと思っています。

(田中生子記)

黒田輝政 初代代表(1980.4~2009.3)

70年代から朝日新聞記者として痴呆と取り組む。 痴呆の義父を在宅で看とった体験を生かして。

田中生子 第2代代表(2009.4~2010.3)

ケアマネージャー。安心して暮らせる地域を目指しています。

35年誌(2015年発行)より

体制を一新、活気のある支部と、打って出る活動に


この5年間

 大阪府支部は、本部と同年の1980年設立、今年で35周年となります。

 2010年4月の支部総会で、新しい代表に坂口義弘氏を選出しました。公益社団法人認知症の人と家族の会の名にふさわしく恥じることないよう、心機一転世話人体制を一新、家族支援に重点を置き活気のある支部活動と、打って出る活動に努めています。

 2010年9月に支部事務所を大阪市阿倍野区に移転、ユニークな手描きの看板を設置し近隣の住民に事務所の存在をPRしています。つどいは「阿倍野市民学習センター」に変更しました。

 特徴的な活動としては、市町村に出向いた講演会とつどいを「出前講演会」としています。インテックス大阪で開催されている、西日本最大規模の総合福祉展=「バリアフリー展」に支部のブースを設置し、介護相談と家族の会のPR活動をしています。また、介護者の悲しみを分かち合う会=つくしの会(グリーフケア勉強会)の開催などです。


つどい

 大阪府支部のつどいは、偶数月の第一金曜日に開催しています。新しい会員や一般の方の参加が目立っています。つどいの前半は専門家や医師などを招いて講演を行い、後半はグループワークを開催し、介護の悩み辛さを出し合える場にしています。「せっかく参加したのに話せなかった」ことのないよう全員発言を目指した運営に努めています。府内市町村へ出向く「出前講演会・つどい」は、年3回開催、今回まで8回開催しました。支部の存在を府内各市町村住民に知ってもらい、地区会へと繋がればと考えています。


つくしの会=グリーフケア勉強会

 介護者の悲しみを分かち合う会=グリーフケアを、2011年4月から月1回取り組んでいます。会の名称は会員から募り「つくしの会」として命名、土中の土筆のように深く長く根を張る活動をイメージしています。食事を挟みなごやかなムードで話せる会を念頭において運営しています。

 電話相談から、認知症ご本人が参加されるようになり毎回2~3組が来られます。つくしの会で新しい繋がりができ、お互いがお互いを励まし合う場となっています。ご本人の若かりし頃の思い出語りから、郊外に出向いてやぎ牧場の見学を行うなど、より本人に寄り添った活動と新たな家族支援を行っています。「この会に来て私たちは生き返った」と好評を得、さながら本人交流会となっています。


電話相談

 電話相談は月・水・金の週3回、11時から15時まで受付ています。本部開催のコールセンター相談員研修会にも積極的に参加、支部独自の相談員研修会も開き相談業務の強化を図っています。


支部報・ふれあいおおさか

 支部会報は大きく改善を図りました。奇数月の年6回の発行ですが、2012年より担当編集世話人の若返り化を図り12ページだてを定着。インパクトのある会報のため、表紙をカラー化するなどレベルアップに努め「読んで楽しくなる」会報をめざして編集しています。経費削減のため事務所で印刷、出前講演会・つどいなどの行事開催時にはいつでも増刷が出来るようにしています。


リフレッシュ交流会・・・重度のご本人も

 毎年10月に開催、重度の認知症ご本人が5組以上参加されます。そうしたことから行き先や宿泊施設を厳選しなければなりませんが、「解散時には来年も参加します」と予約されるなど大きな期待をされています。2014年は重度の方も含め、8家族が参加されました。


バリアフリー展にブース設置

 2013年から、インテックス大阪で開催されている、西日本最大級の総合福祉展=バリアフリー展の、認知症対策コーナーに支部のブースを設けています。4月中旬に3日間行われ、面談による介護相談と家族の会のPR活動をしています。ここには20万人以上が全国から集まります。2014年にはつくしの会の講師西川勝氏によるセミナーも行われ、新しく会員が増えました。「家族の会」の周知には絶好の場であり、今後、賛助会員の獲得を目指しています。


今後の課題

 大阪府支部は行政からの委託事業などがなく、今後は行政とのつながりを作っていくことが課題です。また、大阪府支部の会員は300名弱で、大阪の人口が880万人ということから考えますと「家族の会」をもっと広げる取り組みも重要です。また、「つどい」にどのようにして多くの会員等が参加してもらえるか。世話人の増員と若返り、電話相談員の増員も急務です。そうしたことから会員アンケートを検討中です。

坂口義弘記

坂口義弘 第3代代表(2010.4~2017.3)

妻を看取りました。 本人そして家族の立場に立った家族の会を目指します。

木寺喜義 第4代代表(2017.4~2019.3

介護者が安心できる社会と活発な支部を目指して奮闘!

西川勝 第5代代表(2019.4~2020.9)

家族の会で、 認知症について希望をもって考え直しています。

40年誌(2020年発行)より

仲間支援ピアサポート活動を始める


支部のあゆみ

 この5年間に支部代表が2回交代しました。7年間代表を務めた坂口義弘氏から2017年に木寺喜義氏へ交代、2019年には西川勝氏に交代し若い代表のもと新体制で1年間活動してきました。2019年には大阪市委託事業との両立のため、事務所を天王寺区堂ヶ芝に移転しました。

 会員数の変遷をみますと、5年前に比べ50人減の200人弱に減少。原因の調査と対策に頭を痛めています。会員減に関連するように、2015年当初は6〜7回あった講師依頼が年を追うごとに減少、又つどいへの参加者も減少してきたことは、会員減の結果との関連性が考えられ、自他の両面から原因究明をしていきたいと思います。

 支部発足以来行政からの委託事業はなかったが、2019年大阪市から「認知症の人がいきいきと暮らすための社会活動推進支援事業」という大きな難しい事業(仲間支援ピアサポート)を受託。しかし、支部代表、会計への負担が大きいのは問題です。

 つどいは基調講演を認知症カフェは意見交換で家族を支援し続けました。

「つどい」は諸先生による基調講演を中心に参加者の交流会と言うスタイルを続けてまいりましたが、2019年から参加者全員が考え意見を巡らし話し合う対話型のイベント形のワールドカフェに変更しました。新しい試みですが成功させたいと思います。

 認知症カフェの「つくしの会」は電話の相談者が主体につどい、悩みを話し経験者が寄り添う形で仲間意識が育ち多くの人が集うようになりました。


家族の会の周知

 2013年から出展し始めた西日本最大規模の総合福祉展には7年間ブースを設置し3日間介護相談と家族の会のPRに努めています。西川代表のセミナーには2014年から毎年100人前後の聴講者を魅了しています。2019年には支部報を改新し又ホームページを改変し見易くしました。


世界アルツハイマーデーは知恵と工夫で

 世界アルツハイマーデーのライトアップは本部の支援の下2015年から大阪城のライトアップを始めました。3年間継続し2018年には大阪のシンボルの一つの太陽の塔のライトアップに変更しました。記念講演は諸先生方の講演を続けていましたが、2019年には新しい試みとして、ドキュメント映画『妻の病』の映写と伊勢真一監督と代表との対談は新鮮で好評を得ました。


リフレッシュ交流会には多くの本人も楽しむ

 リフレッシュ交流会には本人参加の旅行を続けました。多い年は8人の本人と家族とが交流し有意義な時間を過ごしました。「次回も必ず参加したい」とうれしい感想をいただきました。半面、世話人には大変苦労を強いる結果でもあります。


課題は会員増への対策と世話人の増強です。活動費の捻出も課題。

 会員増と世話人の増を真摯に取り組まなくてはならない課題として、今後支部活動を認知症本人を中心とした活動に切り替えていきます。財団からの助成金を活動の原資としていることも収入の不安定を招いています。支部活動を継続していくために知恵と工夫を結集していきたいと思います。

(坂口義弘記)

神垣忠幸 第6代代表(2020.10~)

新型コロナウイルス、クラウドファンディング、非常事態宣言、そして移動支援ボランティア育成事業へ

ゆっくりの部屋~移動支援ボランティア育成~おれんじドアおおさか


支部のあゆみ

 2020年は新型コロナウイルス感染拡大に身構え続けた年でした。残念ながらその翌年以降もその状況は続いています。

 2019年に大阪市から受託した「認知症の人がいきいきと暮らすための社会活動推進支援事業」(通称ゆっくりの部屋)は1期3年で終了が決定し、2021年度(令和3年)の後半はその終結と止揚をいかにするかに苦心した時期でした。

 同時に2020春から構想を始めた「認知症移動支援ボランティア育成講座」はクラウドファンディングによる資金調達を試み、選び抜いた講師6名による濃厚な講座を翌2月に実施することができました。この回の受講者はおひとり1万円の参加費を支払って申し込まれたのです。感謝に堪えません。第2回目の講座は、令和3年度大阪府福祉基金地域福祉振興助成金の交付を受けて、その年の9月に実施しました。非常事態宣言下ではありましたが49名の参加者を得て翌1月の報告会を迎えました。この事業にはトヨタ自動車や大学研究者など多様な分野から関心を寄せられ、課題と期待の大きさを感じるものでした。

 2022年3月「ゆっくりの部屋」閉鎖にあわせて支部事務所を移転、50坪の広い古屋を得て、修繕しながら利用を始めました。


「ゆっくりの部屋」から「おれんじドアおおさか」へ

 認知症の本人が集い、話し合い、活動し、生きる勇気を取り戻す場所として「おれんじドアおおさか」をスタートしました。ピアサポーターとして元永正恵さんの協力を得ました。建物の修繕費用、活動費用を助成金で賄いながら活動を始めています。


世界アルツハイマーデーは知恵と工夫で

 2021年からは「認知症移動支援ボランティア育成講座」を世界アルツハイマーデーの記念行事と位置づけ、9月に2日連続の講座としました。深く先鋭な講師陣のメッセージは認知症を特別視しない新時代のボランティアをはぐくみ、今までにない講座として根を張るものとなるでしょう。




神垣忠幸記)